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アトリエ通信〜アラスカ野生動物画家きむらけい〜

アラスカ野生動物画家きむらけいの日々徒然

絵を描くことが大好きなキミへ

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絵画の仕事に携わるようになって
展覧会のご来場者の方によく聞かれるのが
「やはり子供の時から絵がお上手(好き)だったのですか?」

幼稚園から小学校低学年の頃は
絵画を描くことが楽しいと思うと同時に
上手に描けるという優越感がありました。
同年代のクラスメイトより
優れていると実感出来る部分を持てるのは幸せな事です。

だけど、その能力は果たして「学校」という
限定されたシステムの中で成績面で評価されるか否か…。

「絵画」は美術の授業時間に含まれるひとつのジャンルに過ぎません。
私は粘土細工や工作など立体、3次元のものが大の苦手。
絵画のみがうまく描けても結果的には美術の成績は平凡なものでした。
国語・算数・理科・社会などには興味が無くこちらの成績は最悪。

幸運なことに小学校3年生の時に運命的な美術教師との出会いがありました。

H先生は美術教師の他に絵画作家と陶芸家の肩書きを持つスーパースター。
私の恩人です。
残念なことに3年前に鬼籍に入られました。

小学校3年生から6年生までお世話になったのですが
教科書のカリキュラムに沿って行われる美術の授業時間に
私だけには絵画だけを描くように特別扱いしたのです。
学校組織の中では問題行為だと思います。
その事を指摘するクラスメイトもいました。

高校受験時は相変わらず主要5科目(英・数・国・社・理)の成績が最悪。
入試科目に200点満点の絵画部門が含まれる
デザイン学科の高校を父が発見し、その高校になんとか合格しました。

その後グラフィックデザイナーとして社会に出て
10年後にアラスカの野生動物絵画の作家となりました。

動物作家になると生物学や環境学など科学的な知識が必要なので
好んでそのジャンルの科学書を買いあさり熟読し頭に入れました。
アラスカの野生動物が専門なので最低限の英語も習得しました。
フィールド調査で科学的なデータを採取する必要があり
フィールドでの安全性の確保のために
常に冷静沈着に行動出来るよう心理学についても勉強しました。
蓄えた経験値を踏まえた講演も行いますし
生物学専門の大学教授や学芸員の方々との交流もしています。
勉強嫌いの私ですが、必要に迫られると人間は勉強するものなのですね。

絵画作家となった初期の2001年の個展の際
H先生が会場にお越し下さいました。
居合わせた母が大感激。
勉強が全く出来ない息子の恩人ですので
何度も頭を下げてH先生に感謝の意を伝えていました。

H先生は会場で
「絵の好きな子供をいかにして守るか」というお話を聞かせてくださいました。

『絵を好きになる子は描きたい物に出会って絵が好きになるので
描きたくない物(モチーフ)を描くよう強要すると
絵を描く事が嫌いになります。
残念ながらそれは美術の授業時間に起こるのです。
授業にはカリキュラムがあり美術の授業で
自由に(自分の好きな)作品制作だけをする事が出来ないので
家の中で自由に絵を描く時間が必要となるのです。』

『その際に配慮するのは親御さんの姿勢です。
例えば電車や飛行機が大好きな子がそのモチーフばかりを描いていると
もっと他の物を描くように親御さんが促す場合が多い。
親御さんがお子様の美術大学への進学を考えると
そんなアドバイスをするようですが
その段階で貴重な芸術家の芽が摘まれてしまいます。
結果的に我が国では芸術家が育ちにくい環境となっています。』

私は絵画教室で出会ったお子様や親御さんに
H先生からお聞きしたことを踏まえ
芸術家が育つようにと自身の考えをお伝えしています。

学校の勉強は真面目にしましょうね。
本は興味のある物を沢山読んだ方がいいよ。
美術の授業でも大好きな絵以外の
工作や粘土細工も一生懸命やってみよう。
陶芸家や工業デザイナーの才能が見つかるかも。
絵は描きたいものだけを納得いくまで描きなさいね。
例えば君が電車を描くのが好きなら
今から10年間電車を描き続けてみたらいいよ。
もしかしたら日本有数の電車専門の作家になれるかも。

近い将来に天才画家に出会いたいです。
待ってるからね。

絵を描くことが大好きなキミへ。

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真冬のたわけ者

既に2ヶ月前となった蔵出しの話題を。

2月18日気温マイナス3度の小雪舞う曇り空。
パートナーと鈴鹿山地への冬山登山に出動。
が、中古のクランポンが
約500メートル進んだ地点で故障分解し緊急中止。

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山用品メーカーの方の話で、使用中に山用具が故障すると
不備でもないのにとりあえずクレームを入れる人間が多くいるらしい。
そりゃいつか壊れますよ。用具はね。
自然の中に身を置く場合はあらゆる事態を想定し準備する事が大切。
クランポンの故障も予備のアイゼンを携帯していれば済む話。
それが出来ていなかったので中止となったのは自己責任。

さて、小雪混じりの寒風吹きすさぶ近江平野のど真ん中。
午前10時に冬山登山中止。
レンタカーと共に行く宛を無くしたあわれな二人。
この近辺でどこか楽しめる所がないか車内で緊急会議。

そしてふと偉大なる人物のお顔が頭に浮かびました。
私達の結婚記念日6月2日は彼の命日。
いつかふたりで行ってみたかった場所。

「安 土 城 跡」

一路「安土城跡」を目指して北へ。
岐阜県をこよなく愛するパートナーは
安土城城主「織田信長」様のファン。

近江八幡と呼ばれる平坦な土地ある安土山。
「安土城」は山全体を切り崩し大名屋敷や寺院などを配置。
山頂に地下1階を含む6階建て高さ33メートルの天主を建設。
大手道を上がってようやく辿り着く
天主の壮大な姿に当時の人達は圧倒された事でしょう。
建設当時は琵琶湖の内湖に囲まれて南側だけが陸地でしたが
現在は干拓によって360度農地に囲まれています。

不等辺6角形の天主は内部が吹き抜けの構造であるとされてきましたが
最新の研究で新たな基礎部分が発掘されこの定説は否定されています。
お城の全体像や天主焼失の原因など今だに多くの謎に包まれています。
お言葉が短くて、何を考えているのか、何をされるかわかりにくいと評判の信長公。
そもそも亡くなった原因となる「本能寺の変」も謎だらけ。
信長公の御遺骸も発見されていません。
そんなミステリアスたっぷりな信長公に魅かれる多くの方が大勢おられます。

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現場に到着するとこの寒い中複数の見学者が。
早速大手道の入口から山頂の天主跡へ199メートルの登山開始。
登り始めてすぐに「羽柴秀吉邸跡」「前田利家邸跡」が現れます。
「羽柴秀吉邸跡」は前田邸の3倍程の大きさ。秀吉殿の当時の勢いを物語ります。

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そして噂通り大手道の石畳に幾つもの石仏が…。
無神論者で自らを神と位置づけた信長公。
お城に出入りする人々にこのような石仏を足蹴にさせる事で
新たなる価値観を植え付ける事が狙いなのか
それとも短時間で建設工事を終える為の合理策か。
あくまで見えている部分の石仏なので、石畳でうつぶせにされていたり
石垣の中に組み込まれたものがあるでしょう。
実際目にすると信長公びいきのパートナーも閉口。
「殿、これはちょっと…。」

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山頂付近に信長公のお墓があります。
これは「本能寺の変」以後に羽柴秀吉公によって
信長公ゆかりの品を埋葬した場所。

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そしてついに頂上の天主跡へ。
現在の基礎部分が残るこの場所は当時の地下1階部分。
近江平野とかつては城下まで湖が広がっていた素晴らしいパノラマ。
北東の岐阜県境に位置する伊吹山の真っ白い雄大な姿も望めます。

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このお城は現在廃墟の状態。
信長公の圧倒的な存在感や建設当時の壮観なお城の姿は全て過去の幻。

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それなのに今この場所にいると次々と信長公のイメージが湧いてきます。
この場所で私達が見る風景をご覧になり、同じ所を歩かれたのはまぎれも無い事実。
優れた発想力で既成概念をことごとく打ち破り、
いったん行動すれば周到に準備し素早く遂行。
働き者でほとんど休まずに駆け抜けた49年の生涯。
しばしこの場所で信長公に想いを馳せる私。
妄想タイムスタート。

信長公「わしの事よりそのほう登山はいかがした」
私  「道具の故障により中止にございます」
信長公「事前に点検はしたのであろうな」
私  「いたしました」
信長公「歩いて試したかと聞いておる」
私  「……手で確認しただけでございます……」
信長公「登山は足でするものじゃ、このたわけが」
私  「はっ、はぁあっ」

もう一つ面白かったのがこのお城跡の観光客。
廃墟のお城を見る為にこの寒い中来るのだから独特な雰囲気があります。
天主跡で石垣の上から基礎部分の敷石を指で数えてメモる人。
苔むした石垣のほんのわずかな隙間(排水溝らしき穴)を覗いてシャッターを切る人。
構えたカメラの位置が常に下の方向を向いていて
明らかに大阪城や姫路城の観光客とは違って遺跡探しの雰囲気なのです。
城主は風変わりなお方で様々な奇行が後世に語り継がれています。
偲んで来られる後世の人も変わった人が多くなるのか。
私を含めて。


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よこはま動物園ズーラシア企画展終了

先月3/31、よこはま動物園ズーラシアの
企画展覧会が無事終了いたしました。
会場にお越しいただいた皆様
応援してくださった皆様
関係者一同様に心より御礼申し上げます。

合わせて終了報告が遅くなりました事をお詫びします。
この2週間体調を崩し一切の業務をストップしておりました。

共同開催を企画していただいた
京都大学野生動物研究センター主催の
『ず〜じゃん。動物園大学4 in 横浜』シンポジウムにも
わずかな時間ですがパートナーと参加でき大変興味深いお話を聞けました。

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ご来場いただいたお客様からディープな動物話をお聞き出来たり
関東在住の友人達や作家仲間との再会で充実したひとときでした。

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よこはま動物園ズーラシアの動物達には
ゆっくり会う時間が取れなかったのが残念です。
もう一日滞在出来ればよかったのですが。

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またどこかの会場で皆様にお会い出来たら嬉しく思います。
ありがとうございました。
会場のアマゾンセンターの守り神
セスジキノボリカンガルーのワリ嬢も
お辞儀を…いやホントはお昼寝してただけです。

ありがとうございます…ぐ〜zzz
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余談ですが作家仲間から自然界でのショッキングな体験話を聞きました。
またあらためて皆様にご報告出来ればと思います。


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