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アトリエ通信〜アラスカ野生動物画家きむらけい〜

アラスカ野生動物画家きむらけいの日々徒然

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友人からの贈り物 その2

友人からの贈り物 その1の続き

2000年3月、アラスカの大切な友人Sさんを亡くしました。
手首を切って自らの命を絶ったのです。

9月末の素晴らしい秋晴れの日。
ゴールデンカラーと呼ばれるアラスカキーナイの黄金色の紅葉の中、
スティールヘッドを釣りにパートナーと出かけました。
フィッシングガイドR氏の運転する車中で
R氏から友人の死を知らされたのです。

SさんはR氏と私達共通の友人で、キーナイの老舗ロッジの名物ガイド。
R氏は彼が亡くなった3月に私達に知らせようと思いながら
秋に会うまで言い出せなかったそうです。

R氏「わからないんだよ、誰に聞いてもわからないんだ、自殺の理由が」
私達「……………………………」
R氏「実は亡くなる前日に彼から電話があってね、普通の世間話をした。
そんなそぶりも何も無かったんだ」

青すぎる空によけい悲しみを深くしたのを覚えています。

アラスカ開拓時代の金鉱堀りのようなワイルドな雰囲気で
狩りで仕留めたラクーンの帽子を被り、ガイド仲間から
ブッシュマスターと呼ばれたSさん。
いつも明るく素敵な笑顔と楽しいお話でゲストをむかえ、
サーモン釣り、ハンティング、ネイチャーガイド、野外キャンプ、登山と
何でもこなすスーパーガイド。
誰よりも自然を愛し、野生動物の生態から、天候の読み、
クマへの対処など全てに精通する超一流のナチュラリストでした。
世界中から彼を慕う大勢のゲストがこの地にやって来ました。

仕事仲間からの信頼も厚く誰からも慕われていて
人間関係のトラブルも無く順風満帆に見えました。
残された彼の周辺の誰もが理解出来ない突然の死。

彼が亡くなる半年前に会ったのが最後でした。
いつもと変わらぬ笑顔で抱き合い再会を喜び合いました。
その年、彼から送られたクリスマスカードには
「もうすぐ船で旅に出る」と書かれていました。
当時はクルーザーでゲストと一緒にシャチやザトウクジラ、氷河を求めて
アラスカ東南部の海でも旅するのかと思い込んでいましたが
本当はもっと深い意味が込められていたのかも知れません。

後部座席で大粒の涙を流して泣き崩れるパートナー。
Sさんとは新婚旅行で彼の勤務するロッジでお世話になり
特にパートナーにとってはかけがえのない恩人だったから。

フライフィッシングを覚え立てのパートナーにとって
初めて訪れた1996年夏のキーナイリバーは最悪のコンディション。
連日の好天で信じられない程の渇水で魚の活性が極端に低く、
腕利きのフィッシングガイドR氏の力も及ばず、
目的だったこの川の美しいニジマスを釣りあげることができないまま。

そんな中、ロッジのバーで一息入れている時
声をかけてもらったのがSさんとの初めての出会い。
日本人の祖母を持つクォーターの彼は
169センチの私よりも身長が低く小柄でしたが、
アラスカを象徴する様なワイルドな雰囲気と優しい人柄がにじみ出た
オーラのある人に見えました。

CCI00001.jpg
Sさんが衣装を貸してくれてロッジの部屋の前で記念撮影。

最終日、私達がカヌーでスワンレイクに行く予定を知ったSさんは
パートナーに4番クラスのライトフライロッドを一本持参するようにと
アドバイスしてくれたのです。
スワンレイクにはそれは美しいニジマスがいるからと
彼はフィッシングガイドから専用のドライフライを調達してくれました。
夏のアラスカらしい黒のモスキート(蚊)パターンのフライ。
手のひらに乗せるだけで何となく痒くなってくる様なリアルさです。
彼はカヌーガイドにポイントの説明をし「グッドラック」と
素敵なあの笑顔で送り出してくれたのでした。

CCI00002.jpg

パートナーは幻想的なスワンレイクで見事に
ワイルドなとても美しいニジマスを仕留めたのです。
パートナーは心の底から彼に感謝したに違いない。
Sさんは自分のことのように、大喜びしてくれました。
その日の夕方、SさんはじめR氏やロッジのスタッフの方々の祝福を受け、
幸せな夜を独り占めしたパートナーでした。

次回へ続く。


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