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アトリエ通信〜アラスカ野生動物画家きむらけい〜

アラスカ野生動物画家きむらけいの日々徒然

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将軍は芸術家

1月末、40年ぶりに京都東山にある世界遺産の山荘へ行ってきました。
「東山慈照寺(ひがしやまじしょうじ/通称銀閣寺)」です。
パートナーも遠足で訪れて以来の拝観。

出先で思いついたのでいつもの取材カメラを持たず、
ガラケー撮影でうまく撮れなかったのが残念。

40年前、今は亡き祖父に連れられてちらちらと小雪の舞う中、
北山の金閣寺、東山の銀閣寺の順で拝観しました。
幼かった私には金閣寺の華やかさと比べ
銀閣寺は色彩に乏しい地味な感じに見えたのです。

画家となり一般的な歴史知識も得た
今の自分の目に銀閣寺はどう映るのだろうか。

幼き日の自分とはまったく違い、
おっさんになった自分は
銀閣寺と庭園の美観に心を打たれ、癒され、ひたすら感動の嵐。

建立に携わられた方々、優秀なる庭師、
約530年に渡り庭園の美観を維持された方々の努力に
感謝と畏敬の念を持ちました。

庭園のどこを見ても手入れが行き届き、
木々の枝振りや角度、
大石の配置や小径など徹底的に計算され、
一切の妥協点も許さず美を追求した造り。

そこには何もかが美しく
完璧に調和した世界が広がっていたのです。

いつか銀閣寺を描いてみたい。

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銀閣寺は室町幕府8代将軍足利義政公が建立。
金閣寺を建立した3代将軍足利義満公の孫で
東山殿山荘造営の制作総指揮者でもあります。
相国寺の名だたる禅僧の協力のもと造園は進められますが、
残念ながら庭園内の一番最後に完成した
銀閣寺を見る事なく死去されています。

彼の生きた時代は室町幕府の動乱期。
大飢饉・災害・土一揆・浪費家の将軍夫人・欲深い守護大名・応仁の乱。
そんな中、政治と人間そのものに失望し、
美しい芸術の世界へ引き込まれたのだと思います。

義政公は銀閣寺建設の前、北山の金閣寺を訪れたそうです。
祖父の作った経済力や権力の象徴とされる金閣寺を
どんな思いで見つめていたのでしょう。

ここで美の求道者の名を冠する
「芸術家」足利義政公について考えてみます。

かつて銀閣寺は幕府の財政難から来る資金不足によって
外観に銀箔が張れなかったというお話を耳にしました。

ところが4年程前の修復工事の際の調査で
創建当時の外観は漆黒塗りであった事が判明。

この情報を知る前に銀閣寺の色彩についてパートナーと話した際
彼女から「私なら銀箔ではなく真っ黒に塗るよ」と聞いていたので、
史実を知った時は彼女の色彩センスに恐れ入ったものです。
私の案は「とりあえず銀箔を貼るだけは貼ってみたい。
黒く変色する問題は成った時に考えましょう」でした。
行き当たりばったり過ぎますね。

漆黒塗りは義政公の構想であったのかは現時点では不明ですが
私はこの配色センスは義政公のものだと考えています。

参拝の際に偶然聞き漏れてきたガイドさんの解説では
東山山荘は月の通過位置も計算された造りになっているそうです。
月は銀閣寺正面の池の上を通過していくのです。
月光が池にきらきらと反射し
漆黒塗りの銀閣寺外観がそのやわらかい光につつまれたなら。
さぞかし美しいことでしょう。

義政公は月の光まで計算に入れた設計を考えていたのかも。
そう、ひっそりと月夜の銀閣寺を観賞するのを楽しみに。
彼はなんてイマジネーション豊かな芸術家なのだろう。

私も本来の漆黒塗りの銀閣寺を
あの当時の姿を何としても見てみたいものです。
いつか、復刻されますように!




漆黒塗り復刻プロジェクトの可能性について
慈照寺様へ問い合せるととてもご親切にお答え下さいました。

『漆黒塗り復刻の可能性はございます。
復刻する場合には文化庁などのご判断も必要になり
慈照寺サイドだけで行う事は困難なので今後も関係各所とのお話が必要です。
漆黒塗りのシュミレーション映像なども制作いたしましたが
現在慈照寺内でも復刻の実施に関しては個々に意見が分かれます。

復刻をする場合には調査を更に進めてもっと詳しく
壮健当時の姿を明らかにする必要があります。
漆黒塗りの上に別の色で何かの模様が施されたりした可能性もあるからです。

漆が施されたのは当時貴重であった木材の経年劣化を防ぐ為と考えられます。
建設初期の段階から漆が黒色と決められていたのかは不明です。
塗ったのがたまたま黒色の漆であったという事かもしれません。
例えば赤色の漆を塗る事も当時は可能でしたから。
銀箔の使用については時間の経過に伴いやがて黒く変色してしまうため
壮健当時よりこの案は構想にはなかったのではと考えています。』

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